油彩、素描、版画、陶器まで70作品一挙公開「藤田嗣治作品展」

20世紀初頭、芸術の中心パリでの成功を目指し、自身の腕一本で海を渡った画家、藤田嗣治。
成功の裏で激動の人生を歩んだ藤田から、今、困難な時代を生きる私たちが学べることが沢山ある。

「ヴェールを被る若い女性」1965年頃 油彩 26.9×15.3cm

本展では、藤田の作品を通してその魅力に触れていただきたいと考え、オリジナル版画を中心に、貴重な油彩や君代夫人コレクションの素描、そして藤田が直に絵を描いたお皿やガラス瓶まで、藤田の画業の全貌を巡る作品、約70点をバリエーション豊かに展示販売。

20世紀初頭、多くの日本人画家が日本で成功するためにパリへ留学する中、藤田嗣治が目指したのは、単なる足掛かりとしての渡仏ではなく、芸術の中心地であるパリで成功を収めることだった。
その画家としての気概、藤田の生き様は、現代へ残された作品と共に、今の世代へと受け継がれていくべきもの。
近年、藤田の作品は海外でも再評価の波が高まり、世界のオークションで高額で取引され、益々注目を集めている。

「小さな職人:自画像」1960年 木版

藤田は、版画を自身の作品表現の一つとして重要視した作家でもあります。リトグラフ(石版画)をはじめ木版画、銅版画など、作品の世界に応じた技法を駆使し当時制作された版画は、現在も多くのコレクターを魅了し続けている。

独特の細い線描でしなやかな猫の姿を描いた「猫の本」をはじめ、晩年の人気版画「四十雀」や「小さな職人」のシリーズも豊富。さらには、普段はお見せする機会がない当時の挿画本を完本の状態でご紹介。

「猫と少女」1955年 リトグラフ

本展では、藤田の貴重な肉筆画である油彩や素描の作品を展示。
本作品が描かれたのは、終戦後に藤田が日本を離れ、アメリカ経由でパリに戻った頃と考えらる。戦争によって人生を大きく左右された藤田だが、平和への願いを母子像の作品に込めたのかもしれない。藤田の代名詞である、乳白色の技法で描かれた独特の細い線描と、透き通るような肌。荘厳な美しさを感じていただける作品。
※藤田嗣治の肉筆作品については、東京美術俱楽部の鑑定書が付いた作品を取り揃えている。

さらに藤田は、身の回りのものを何でも手作りする手仕事の人でもあった。特に晩年、身の回りのものの裁縫や、空き箱やガラス瓶への絵付けなど、様々なものを手作りし、その多くが愛蔵品として残されている。本展覧会では、「手仕事の人」藤田の貴重な作品を特別に展示する。

「ガラス瓶(マラカスを持つ子供)」 1965年 油彩・ガラス瓶 H14cm
「雌猫と子猫と鼠」 1925年 ラップ石 46.5x55cm

ラップとは壁画のようなもので、アールデコの時代に建物の装飾として作られ、1925年から1930年頃の数年間のみ制作されました。画家がオーダーを受けて建物に直接描いた贅沢な装飾品で、一点もののオリジナル作品。
ベースの素材はセメントで、描画に使われている絵具は「複雑な顔料」。藤田のラップ作品は生涯を通じて30点程しか制作されておらず、大変貴重な作品だ。

藤田嗣治 略歴
■1886年生まれ。
■1913年に渡仏後、ピカソやモジリアーニなどの画家たちと親交を深め、エコール・ド・パリの一員として名を成す。
■1920年代には、藤田作品のトレードマークのグラン・フォン・ブラン(素晴らしき乳白色)が絶賛され、画家としてのゆるぎない地位を確立。
■1929年、17年ぶりに帰国した後は、渡仏・渡米を経て1933年帰国。第二次大戦中は戦争画も描いた。
■1949年渡仏。
■1955年フランス国籍を取得。
■1959年カトリックの洗礼を受ける。洗礼名「レオナ―ル」。
■1968年、81歳で死去。ノートルダム・ド・ラ・ぺ礼拝堂に埋葬される。
作品は世界中の美術館に収蔵されており、今もなお高い評価と人気を誇る。

藤田嗣治作品展

会期:2021年4月12日(月)〜4月24日(土) ※日曜・祝日休廊
時間:10:00〜18:00
場所:翠波画廊(〒104-0031 東京都中央区京橋3−6−12正栄ビル1F)※入場無料

アクセス:東京メトロ銀座線「京橋駅」2番出口より徒歩2分
都営地下鉄浅草線「宝町駅」A3,A4出口より徒歩2分
東京メトロ有楽町線「銀座一丁目駅」7番出口より徒歩3分

お問い合わせ先:03−3561−1152(10:00~18:00、日祝除く)

翠波画廊公式ホームページ:
https://www.suiha.co.jp/

藤田嗣治作品ページ:
https://www.suiha.co.jp/artists/century-masters/tsuguharu_foujita/